市道遺跡

所在地 豊橋市牟呂公文町ほか 種別 埋蔵文化財包蔵地-集落跡、寺院跡 時代 古代から近世
市道廃寺の瓦を焼いた窯(市道1号窯)

市道廃寺の瓦を焼いた窯(市道1号窯)

解説

市道遺跡とその周辺は、古代から近世までの長期間にわたって続いた遺跡です。古代では8~10世紀ごろの渥美郡の郡領クラスの氏寺(市道廃寺)と居館、 中世では12~14世紀ごろの寺院が発見され、隣接する公文遺跡で見つかった大溝は後に続く豪族の居館のものと思われます。また、戦国時代にはすぐ近くに 中世城館(牟呂城址)と寺(本登寺)があり、この辺りが8~16世紀まで続いた地方豪族の根拠地であったことがわかりました。 古代では8世紀始めごろ、豪族の屋敷と共に約100m四方の寺院が建立され、何度も建て替えられながら10世紀ごろまで続きました。古代寺院は「市道廃 寺」と分けて呼ぶ場合もあります。市道廃寺では金堂・講堂・僧坊などの伽藍が確認され、多量の瓦や仏像の螺髪、須恵器の鉄鉢・火舎などが出土しました。ま た、瓦を専門に生産したロストル式平窯も2基発見されました。豪族の屋敷では、倉庫と考えられる正六角形の掘立柱建物や総柱建物、居館と考えられる側柱建 物が100棟あまり発見されました。
掘立柱建物跡

掘立柱建物跡

出土品

この記事は2014年03月05日に更新されました。