高師原・天伯原陸軍演習場

 明治41年(1908)に高師村を中心に第十五師団が設置されると、第十五師団の敷地と接続する梅田川右岸に高師原演習場を、梅田川左岸に広大な天伯原演習場を設置しました。第十五師団は大正14年(1925)に廃止されますが、演習場はその後も使用されました。演習の様子は当時の絵はがきに残っています。歩兵や騎兵、飛行機を使った演習も行われました。
第15師団と高師原演習場

第十五師団と高師原演習場昭和6年(1931) 黄色部分が軍用地

天伯原演習場

天伯原演習場 (同上)

笠松より岩屋観音を望む

笠松より岩屋観音を望む (昭和初期の高師原演習場)

岩屋山より高師原を望む

岩屋山より高師原を望む

高師ヶ原攻防演習実況 塹壕の状況

高師ヶ原攻防演習実況 塹壕の状況

天伯原演習場

天伯原演習場(昭和初期頃)

この記事は2014年05月02日に更新されました。